ハフリーヌの書棚

読書日記、短歌と愛蔵の品々

本居宣長「嵯峨山松」掛け軸

わたくしの手元にある、本居宣長の掛け軸。
その箱書きには、前回触れた香川景樹の歌が書かれているのだが、資料として全文を画像とともにあげておこう。

「この歌は、寛政五年宣長翁京にありし頃よまれしものなり」とあるが、前回書いたように、この歌は享和元年に詠まれたものである。


「香川景樹翁の桂園一枝に
伊勢なる本居宣長 都にありけるほど 嵯峨山松といふ事をよませけるによりて〇(不明)しける
『さか山の松も君にしとはれすは誰にかたらむ千世のふること』」


本居宣長の3ヶ月に及ぶ在京の締めくくりに、お別れの歌会が四条で催され、そこで景樹が詠んだ歌が上記のもの。


対して、宣長の詠んだ歌が書かれた掛け軸が、この箱の中には入っている。
もしかして、このとき詠みながら書いたものか?と想像してみるのも面白い。
いずれにせよ、宣長の筆としては最晩年。この歌を詠んだ100日後に、宣長は亡くなっている。

万葉仮名である。読みやすいように読み下してみよう。


「さかのやま たえしみゆきを きみかよに けふかあすかと まつのいろかな(さかの山絶し御幸を君か代にけふかあすかと松の色かな)」


松は無論「待つ」。
宣長に岡惚れの気のある景樹の歌と思い合わせると、なんとなく艶めいた歌のようにも思えてくる。
何より、この丸まっこい宣長の字が実にファンシー。

特にこの「伊」の字が可愛らしい。


「伊勢國人本居宣長」という落款まで、全く同じ調子で書いているのが見事。
ここまで徹底して書けるのは、本人以外にはいない。
通常、他者ならもっとうまく書こうという気が起きて、ちぐはぐなバランスになる。


書法における入りや止め、払いなどが徹底的に無視されておりながら、それでもなお全体で調和されているこの軸は驚嘆すべきものであり、かつ丸文字の創始者として宣長を顕彰しても良いのではないかと本気で思っていたりもする。